ヨルダン生活8(東部地方巡り)
2014/03/23 カテゴリヨルダン
アンマンのダウンタウンで
人気のFireFlyバーガーを
頂きましょう。
ん? 神風バーガーというのが
ありますね。
150gのハンバーグが2枚入り!
で、でかい!! 死ぬ気で食べるしかありません。
もぐもぐ。(実際にこれを食べたのは友人ですが)
まぁ、食べながら・・そうだヨルダン東部地方へ
行ってみよう。
少々、話の流れが無理やりですが、
実際に行ってみましょう。
砂漠の中の1本道を東へ東へ・・
反対車線には、イラクからヨルダンへ向かう
原油トラックでいっぱいです。
ヨルダンのザルカ市には、石油精製プラントがあり
そこでガソリンにしてアンマン市へ送るらしいです。
さて、アンマンから100kmほど東にある
アズラック地方へやって来ました。
道路標識も「左:イラク、右:サウジアラビア」
です。何だかかっこいいですね。
ここは、アズラック湿原。アラビア半島北部唯一の
オアシスです。
野鳥に水牛などがいます。
水がたっぷりあるように見えますが、
この湿原はかなり小さくなっています。
この航空写真が施設内に飾られてました。
昔はいっぱいに水があったのですが、
今はブルー色のところだけ。
1991年の湾岸戦争時に難民がヨルダン都市部へ
流入し、その人達のために湿原の水を大量に
都市部へ送り始めたらしいです。
案内板にある湖は、今は草原になってしまいました。
うーん。水は大事ですな。(我田引水)
さあ、その他色々アズラック地方を
回って見ましょう。
ここはアズラック城。
ローマ帝国が3世紀頃に建てた城です。
ヨルダン−イラク−サウジアラビアを
つなぐ要所なので、それ以降ずっと
使われて来ました。
入り口も石の扉です。(ちゃんと動きます!)
城の中はこんな感じ。
第一次世界大戦中に、オスマン帝国に対して
行われたアラブ革命戦争時にもこの城は使われました。
あの有名なアラビアのロレンスさんも
1917年に使っていたそうです。
ここがロレンスさんの部屋。
意外と狭いです。うーん天井が低い。
風通しはいい・・・って窓は風通しの
ためじゃなくて、攻撃用だそうですが。
次に、ハラナ城へ行ってみましょう。
西暦711に作られた建物です。
城とも言われていますが、どうやら
キャラバンの宿屋だったそうです。
保存状態は非常に良いです。
中はこんな感じ。
1階は、馬やラクダをつなぐところ。
2階が、宿泊部屋になってました。
更に、アムラ城へ行ってみましょう。
ここも、城といいながらキャラバン向けの宿屋です。
8世紀頃に建てられたらしいです。
中の壁や天井には装飾がいっぱい。
こんな絵もあります・・・
たくさんの動物の絵、水をたたえた風呂場の絵。
昔は、水も動物もたくさんいたのでしょうね。
というのも、この地方には、謎の地上絵があります。
上空から見るとこんなクラゲみたいなもの。
これは、Google Mapの航空写真でも見られます。
北緯32.101517度、東経37.134448度です。
大きさ1km近くのクラゲですが・・・
実は15000年前から5000年前の新石器時代に作られた
狩りのための石の壁だそうです。
アズラック地方にはこんな黒い玄武岩が
たくさんあります。
これを積み上げて石の壁を作り、
トムソンガゼルなどを追い込み、
捉えていたそうです。
クラゲの絵で言うと、触手に沿って
獲物を追い込み、クラゲの頭のところで
捉えていたそうな。
へぇへぇ〜。
まぁ、アンマンに戻って夕食を食べましょう。
今週は仕事が進んだので、ちょっとしたごちそうを。
ステーキ!!